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農業の学校/世田谷区で有機農業を続けてきた大平農園
「食料を足らすのは農民の使命」

 お話をうかがったのは大平農園の現在の当主、大平美和子さん。大平農園の11代目で、大平家はもう400年、世田谷の地で農業を営んできたといいます。

 「戦前戦後の食糧難の時代に、『食料を足らすのは農民の使命である』といって、父の信彌(のぶや)は懸命に増産運動に取り組みました。陸稲や麦の収穫量を上げる研究をしたり、ビニールハウスを思いついたのも父です」
 信彌さんのもと、近隣の農家の方が集まって「足食会」(そくしかい)という研究会が発足します。名前は『論語』の「衣食足りて礼節を知る」からとったものです。そして「育ててほしい」と、全国から農家の後継ぎがやってくるようになります。以来、いまに至るまで大平農園では多くの研修生を預かり、育ててきました。

 まだビニールが一般的でなかったころ、信彌さんが始めたのが、竹に油紙をかけたトンネル栽培。「野菜づくりに一生懸命になった父が、一日でも早く収穫したいと考えたものです。やがてビニールハウスに発展していきます」
 常に新しいことを実践する信彌さんの名は全国に知れわたり、第一回の黄綬褒章を受章。たくさんの見学者がバスで訪れ、農薬会社や肥料会社も「新製品を試してほしい」と持ち込むようになります。

 「父は情熱にあふれた人だったので、夢中になって農薬を使い、研究していました」。しかし、皮肉なことにこの熱意が、体調をくずすきっかけになってしまいます。ハウス栽培を盛んにやっていたころ、閉めきったハウスの中で噴霧器をかつぎ、消毒を引き受けていたのが美和子さんの夫・博四(ひろし)さん。消毒の頻度が多い時期に、博四さんはめまいや吐き気がして、1週間ほども動けなくなっていたといいます。
 「3〜4年、続いたでしょうか。秋になってハウスでの作業をしなくなると元気になりました。そのうち、耳鳴がガンガンしてめまいもひどくなり、病院でも原因がわかりませんでした。やがて父も胃の調子が悪いと病院へ行ったところ、胃がんの末期で手遅れだといわれ、手術から1年半後に亡くなりました」
 このころから、農薬のせいではないかと感じるようになっていたそうです。

 こうして大平農園は農薬や化学肥料をいっさい断ち、有機農業へと転換していきます。昭和43年のことです。

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