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東京ステーションホテル見学記/東京駅丸の内駅舎の復原
東京駅の歴史と駅舎復原


 東京駅丸の内駅舎の復原工事が5年の歳月をかけて行われ、2012年10月に工事完了しました。100年前の姿が再現されているのをご覧になった方も多いと思います。
 東京駅丸の内側、東京中央郵便局も外側から見ると以前と変わらない姿ですが、中を入ったら、全く別のものに生まれ変わっていました。郵便局は以前と同じように見えますが、新しい機能の建物になっています。

 東京駅が完成したのは1914年です。東海道本線新橋〜神戸間が1889年に全通、また、上野〜青森に向けて私鉄の日本鉄道が線路を建設していたので、新橋と上野を結ぶ鉄道の計画が立案され、中央停車場を建設することが帝国議会で可決されました。
 当時は野原だった丸の内側に建設され、丸の内口の中央には皇室専用貴賓出入口が作られました。現在の行幸通りが皇居前広場まで開通していなかったが、国家の象徴的な位置づけがありました。
 駅舎の最初の設計はイギリス人の建築家が日本の文化を意識して設計したととのことです。しかし、最初のデザインは日本家屋が何棟も横に連なる形で、天皇もそのデザインを好まれなかったようで、その後辰野金吾がデザイン変更を依頼され、3次設計案が採用され、それが今回復原されたものです。

 今回の「東京駅丸の内駅舎復原工事」の流れを追うと、2003年に国の重要文化財に指定され、3年の基本・実施設計の後、2007年から工事着工、約5年半の歳月と延78万人の職人さんの手により2012年に創建当時と同じドーム屋根の姿に甦えりました。

復原と復元の違い


 今回は東京ステーションホテルを見学して、この復原工事の責任者であるJR東日本設計事務所の丸の内プロジェクト室室長の田原幸夫氏と東京ステーションホテル 取締役総支配人の藤崎斉氏のお二人からお話を伺いました。

 田原幸夫氏によると復原と復元とは違うそうで、オリジナルが全くないものを「元」に戻すことを「復元」、オリジナルの一部が残っているものを「原型」に戻すことを「復原」と表すそうです。今回のプロジェクトでは原型に戻して博物館のように過去を振り返るだけでなく、それをいかに活用するか、建物は使われなければ意味がないという基本方針で保存と復原、そして現代の法規に則って、環境と技術を融和させるという難しい課題をクリアしていった現代の仕事物語としても稀有な例ではないかと思いました。
 
 1923年の関東大震災でも被害なかったが、1945年の東京大空襲による火災で屋根等が消失、1947年に戦災復興の工事が行われ、3階建て丸屋根の姿から2階建て八角屋根に変え、その後60年以上、そのままで今日に至りました。その間、度々、赤レンガ駅舎の立て替え構想が出て、また、国鉄民営化の時には駅全体の土地を3分割する再開発構想が提案され、赤レンガ駅舎の建替え高層化するか、保全するかが本格的に課題になったが、「赤レンガの東京駅を愛する市民の会」などによる市民運動が起こり、1988年に保全の政府決定し、2003年に重要文化財に指定された経緯があります。

 戦災復興の工事は、取り敢えず駅舎として使えればいいという考え方だったので、新築当時の材料をそのまま使っていました。今回その当時のまま残っている部分を調べ資材調達をしたそうです。

 この駅舎の中に駅とホテル、ギャラリーがそれぞれの目的を持った最先端の建築として再生しました。
 駅舎の外壁レンガは厚みの薄い「化粧レンガ」が貼り付けられてます。1階2階部分は創建当時のレンガ、3階の復原部分は当時のものと調和するように約7年の試行錯誤がして作ったと資料には書かれています。大正時代の焼きムラを表現するため3種類のレンガが用いられています。

東京ステーションホテル


 東京ステーションホテルの正面入口は丸の内南口の並びにあり、南改札口側にも入口がありました。
 1階のホテルロビーの床には大理石でクレマチス(てっせん)の花のモチーフが真鍮ではめ込まれていますが、このホテルの思いをその花言葉「旅人の喜び」に託しているとのことでした。クレマチスは復原されたドームのレリーフにあるものをデザイン化したそうです。

 客室廊下は330mもある、長いものです。その壁には鉄道の歴史やホテルにまつわる図面や図書などの100点以上のアートが展示されています。長い廊下の南ドームは、東京駅丸の内南口改札を見下ろせる位置にあります。客室の一部を見学しましたが、イギリスの業者による内装と家具で、落ち着いたベージュや茶系の色調で、アガサ・クリスティの世界のような雰囲気の部屋でした。その王侯貴族が泊まるようなスイートルームの窓から行幸通りが見え、その先は皇居で、映画の主人公になったようでした。「点と線」で有名な松本清張が愛した209号室は現在は2033号室として甦えりました。
 それまでは使われなかった中央屋根裏の空間は天井高さ9m、400平米の広さのスペースですが、アトリウムと名付けられ宿泊者専用のゲストラウンジとして新たに作られました。

 東京ステーションホテル 総支配人 藤崎氏は「SpecよりStory」をコンセプトにしていると話されました。「生きている文化遺産」、そこにはたくさんの物語りがあり、また、これからも生まれ続けていくでしょう。ホテルの歴史、そこに関わった多くの人たち、建築のことがわからない者にも興味わく復原工事の技法、空中権を編み出した経緯、それらを実現していった過程、物語りでいっぱいです。駅の中にあるこのホテルは松本清張があの名作をつくった客室、昔から多くのファンをもつバー、そこには有名なバーテンダーが今もシェーカーを振っています。以前から知っているつもりだった東京ステーションホテルが、こんに価値をもつホテルだったとは知りませんでした。多くの方達が関わって、この東京駅丸の内駅舎の価値を浮かび上がらせたのでしょう。関わった人たちの努力と熱意が我々をわくわくさせます。建物だけでない、人との関わりが物語りを作っているし、これからもたくさん生まれてくることでしょう。
 長い330mもある廊下を歩きながら、スタッフのサービスは大変だなと感じながらも、東京駅は日本の中心駅であり、日本人として誇りに感じる場所でした。
                               (杉本記)

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